
西陣の地下から生まれたマイクロブルワリー
京都の伝統的な街並みが残る西陣エリア。智恵光院通に面したレトロなビルの地下に、まるで秘密基地のような醸造所が存在することをご存じだろうか。2023年に誕生したBighand Bros. Brewery(ビッグハンドブロス ブルワリー)は、クラフトビール愛好家たちの間で今注目を集めているマイクロブルワリーだ。
このブルワリーが位置する4階建てのビルには、カフェやアンティーク家具店、コーヒーの焙煎所なども入居している。地下へ降りていくと、そこには醸造タンクが並び、壁にはデザイナーたちが手描きしたモグラの兄弟「Bighand Brothers」が訪れる人々を出迎える。まさに隠れ家的な雰囲気が漂う空間だ。
モグラ兄弟と鉱石の物語
「Bighand」という名前の由来は、醸造所が地下にあることから着想を得た「モグラ」のイメージだ。モグラの大きな手から「Bighand」と名付けられ、ビールギークなモグラの兄弟が地中深く掘って至高のビールを求めて探究を続けているというストーリー設定になっている。
このコンセプトをさらに発展させ、モグラの兄弟が地下で発見した鉱石や宝石の名前が、それぞれのビールに冠されている。Zircon(ジルコン)、Hematite(ヘマタイト)、Turquoise(ターコイズ)、Grossular(グロスラー)、Andalusite(アンダルサイト)など、美しい鉱物の名を持つビールたちは、まるで地下から掘り出された宝石のような存在として位置づけられている。
運営とデザインの融合
Bighand Bros. Breweryを運営するのは、株式会社マーブル。代表取締役の長井秀文氏は、兵庫県姫路市出身で、京都工芸繊維大学の大学院在学中の1999年に「Marble T-shirt Factory」を起業した人物だ。
当初はオリジナルTシャツの製作・販売からスタートし、その後WEB制作や印刷物のデザインなども手掛けるようになり、グラフィックデザインチーム「Marble.co」として発展。2007年には仏光寺高倉に事務所を移転し、同年7月には「cafe marble」をオープンさせるなど、飲食業にも進出した。
本格的な焙煎から手掛けるコーヒー専門店「DRIP & DROP COFFEE SUPPLY」も好評を博し、店舗を拡大。デザイン事務所としての本業を持ちながら、飲食業も「モノづくり」として捉え、コーヒー焙煎に次ぐ新たな挑戦としてクラフトビール醸造に乗り出したという経緯がある。
イギリスで修業を積んだヘッドブルワー
醸造を担当するのは、中村友哉氏だ。大阪府出身の中村氏は、本業がITプログラマーという異色の経歴を持つ。もともとマーブルからWEBサイト制作やデジタルサイネージアプリの開発などの仕事を請け負っていた縁で、ビール醸造にも関わるようになった。
中村氏がクラフトビールに魅了されたのは、イギリスのIT企業への転職でイングランド北部のリーズという都市に移住した2018年頃からだ。イギリスの多様なビール文化やパブ文化に触れ、自宅でホームブリューイングにも挑戦するようになった。
2020年に日本へ帰国後は個人事業主としてアプリケーション開発を手掛けていたが、マーブルビルの地下にブルワリーを作る計画が持ち上がると、本格的にビール造りを学ぶため、2022年3月から6月までの4ヶ月間、以前住んでいたリーズのNorth Brewing(ノースブルーイング)で研修を受けた。帰国後、2022年夏頃から醸造所の改修工事が始まり、2023年2月13日に酒類製造免許(発泡酒)を取得。同年3月1日に第一弾となる「Zircon」が完成し、ブルワリーとしての歩みがスタートした。
イギリススタイルをベースにした「食事に合うビール」
Bighand Bros. Breweryのコンセプトは「食事を楽しむためのビール」だ。クラシックなブリティッシュスタイルをベースに、食事やスイーツとの相性を重視したビール造りを行っている。
醸造には、イギリス産、ドイツ産、カナダ産の麦芽と、アメリカ産、イギリス産、ドイツ産のホップを使用。琵琶湖を水源とする京都の水を仕込み水として活用している。将来的にはオーストラリア産やニュージーランド産のホップも使用する予定だという。
小さなタンクで少量ずつ丁寧に醸造することで、一つ一つのビールに手間を惜しまず向き合っている。現在のヘッドブルワーである中村氏は、イギリスでの経験を活かし、スタイルを限定せず「作りたいビール」を自由に追求する姿勢を貫いている。
二つのタップルーム
Bighand Bros. Breweryには、醸造所に併設された「智恵光院タップルーム」と、京都市分庁舎の裏手に位置する「寺町タップルーム」の二つのタップルームがある。
智恵光院タップルームは、醸造所と同じビルの地下にあり、低いレンガのアーチをくぐって辿り着く趣のある空間だ。出来立てのビールをその場で楽しめるほか、500ml缶入りのビールも購入できる。
2023年4月16日にオープンした寺町タップルームは、コーヒースタンド「DRIP & DROP COFFEE SUPPLY」、バクテー専門店「BOO BOO BAKKUTTEH」との複合店舗となっている。カウンターには8本のタップが設置され、様々なビールを楽しむことができる。バクテー(肉骨茶)は、シンガポールやマレーシアで人気の豚料理で、スペアリブなどの骨付き肉を生薬と一緒に煮込んだもの。ビールとの相性も抜群だ。
代表的なビール
Bighand Bros. Breweryでは、様々な鉱石の名を持つ個性豊かなビールが醸造されている。中でも「Zircon(ジルコン)」は、アルコール度数5%のブリティッシュゴールデンエールで、イギリス産の麦芽とホップを使用したフラッグシップビールとなっている。
他にも、アルコール度数5%のブリティッシュブラウンエール「Hematite(ヘマタイト)」、カフェマーブル限定醸造の「Turquoise(ターコイズ)」、ヘイジーIPA系の「Grossular(グロスラー)」や「Andalusite(アンダルサイト)」、2024年9月にFuyo Beer WorksとCraftbank Brewingとのコラボレーションで誕生したアルコール度数6%のフェストビア「Padparaja(パパラチア)」など、多彩なラインナップが揃っている。
それぞれのビールには鉱石の名が付けられており、ビールギークなモグラの兄弟が地下深くで見つけた宝石をイメージしたストーリー性が、飲む楽しみをさらに引き立てている。
西陣クラフトビアタウンの一翼を担う
Bighand Bros. Breweryは、西陣エリアで展開される「西陣CRAFT BEER TOWN」の取り組みにも参加している。これは、西陣麦酒、Bighand Bros. Beer、WOODMILL BREWERY KYOTO、山岡酒店の4社が合同で「クラフトビールのまち」の実現を目指すプロジェクトだ。
京都御所、北野天満宮、晴明神社などの観光スポットが集まる西陣エリアに、クラフトビール醸造所と専門店が集積することで、新たな魅力を発信している。2025年2月28日までは集章活動も開催され、地下鉄バス一日券を使って各施設を巡り、スタンプを集めると特典が受けられる企画も実施されていた。
体験プログラムも充実
Bighand Bros. Breweryでは、「ブルワーが選ぶクラフトビール4種飲み比べ」という体験プログラムも定期的に開催されている。ブルワーの説明を聞きながらテイスティングシートを用いた4種類のビールの飲み比べ、ビールの作り方や原材料の解説、醸造所を含むマーブルビル内のツアー、おつまみが当たるクイズチャレンジなど、ビール好きにはたまらない内容となっている。
参加者には、cafe marble限定醸造のオリジナルクラフトビール「Turquoise」1缶(500ml)がプレゼントされる特典もある。事前予約制で、20歳以上の方が対象となっている。
まとめ
Bighand Bros. Breweryは、京都西陣の地下という独特のロケーションで、モグラ兄弟の物語というユニークなコンセプトのもと、クラシックなブリティッシュスタイルをベースとした食事に合うビールを生み出している。
デザイン事務所を母体とする独創的な運営体制、イギリスで修業を積んだヘッドブルワーの技術、小規模ならではの丁寧な醸造、そして鉱石の名を持つ個性豊かなビールたち。全てが融合して、唯一無二のブルワリーとしての魅力を放っている。
西陣エリアを訪れた際には、ぜひこの地下の秘密基地を訪ね、モグラ兄弟が掘り当てた宝石のようなクラフトビールを味わってみてはいかがだろうか。新しいビールへの挑戦を続ける若いブルワリーの今後の展開にも、大いに期待が寄せられている。
店舗情報
智恵光院タップルーム
- 住所:京都府京都市上京区笹屋町1-519(Marble BLDG. 地下1階)
- 営業時間:要確認
- アクセス:智恵光院通沿い
寺町タップルーム
- 住所:京都府京都市中京区榎木町99-2
- 営業時間:12:00〜22:00(水曜休)
- アクセス:京都市営地下鉄東西線・京都市役所前駅から徒歩6分
公式ウェブサイト https://www.bighandbros.com/
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